60年代のジョルジュ・シフラ

でかい音源がYouTubeに出てきました。シフラのショパン協奏曲第1番のフル映像です。しかも全盛期の1967年で、指揮は息子のシフラジュニア。

シフラのショパンは、リストの曲に比べるとあまり高く評価されません。本人は、作曲家のことをよく調べて演奏するという趣旨の発言を残しているため、ショパンの曲では意図的に技巧を抑えて「ショパンの曲」らしく弾いていたことは間違いないのですが、シフラファンの僕でも擁護しにくい演奏が多すぎます。おそらく、音の数が少ないショパンでは、シフラの音作りの粗さが目立つのです。シフラは完璧な技術の持ち主と思われがちですが、正確には、指を超高速で動かす技術の持ち主であり、精密に音を整える技術の持ち主ではありません。サーカス出身のシフラにとって重要なのは、高速パッセージによる演奏効果と、強烈なアゴーギクによる躍動感・生命感であり、繊細な音の作り込みにはそれほど関心がないようなのです。さらに悪いことに、シフラのショパン録音は、肉体的に衰えた1970年代以降のものがほとんど。そのためそれらの録音は、シフラの持ち味である演奏効果や躍動感もあまり優れていません。

ただ、60年代のこの録音は聴けます。特に技巧的でリズミカルな第3楽章では、シフラの持ち味が完全に開花。同じ 協奏曲第1番 のほかのスタジオ録音より断然すばらしい。こんな演奏が映像で観られるなんて思わなかった。

ちなみに、そのほかの60年代のシフラのショパン録音も秀逸です。まず聴いておきたいのは、1962~1963年に録音された14のワルツ集でしょう。1970年代にも19のワルツ集を録音していますが、出来は全くの別物で、前者の方が圧倒的にキレと躍動感があります。そして絶対に外せないのが、1962年のエチュード集。古今東西、多くの ヴィルトゥオーソがこのショパンの最難曲集に挑んできましたが、シフラのものほど傑出した演奏はありません。最難関のOp.10-1、10-4あたりはあまりに指が回りすぎていて、耳が追いつかないほど。もちろんただ単に弾き飛ばしているのではなく、彼一流のアゴーギクが全開で、暴れ馬のように踊りに踊っているのです。要所要所に低音爆弾を仕込むなど、彼のリスト演奏に見られるような狂暴なチューンナップも満載で、初めてこの曲集を聴いた人なら作者がショパンだと分からないに違いありません。作曲家のことをよく調べて演奏するシフラでも、これほどの難曲集を前にすると、ヴィルトゥオーソの血が沸き立つのを抑えきれなかったのでしょう。それこそがまさしく「60年代のシフラ」というもので、我々がシフラの中で、最も愛すべきシフラなのです。